大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和60年(ネ)447号 判決

控訴人(一審原告)

東洋鉱業株式会社

右代表者代表取締役

金井義和こと

金述龍

右訴訟代理人弁護士

森山文昭

渥美雅康

松本篤周

被控訴人(一審被告)

日下部吉彦

右訴訟代理人弁護士

俵正市

重宗次郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金一〇〇万円の支払をせよ(当審において請求を減縮。)。右請求が認められない場合は予備的に、被控訴人は控訴人に対し金四〇万円の支払をせよ。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び立証は、次に付加するほか原判決事実摘示の通りであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

被控訴人は原判決添付鑑定事項に明らかな如く、京都府北桑田郡美山町及び同府船井郡和知町所在の本件鉱山につき、その第一ないし第四鉱床のすべてに存するマンガンの推定埋蔵量等の鑑定を求められ、又右鑑定について鑑定方法としては、第一次的にボーリング方法、これが行われない場合には訴外上治寅次郎並びに同倉内吟二郎作成の各調査報告書に依拠するべく指定されていた。

しかるに被控訴人は、右鑑定事項ないし指定を無視し、右各鉱区につき第一、第三及び第四鉱床のマンガン埋蔵量については何ら触れず(殊に第三鉱床に関しては、そもそも本件控訴人と訴外関西電力株式会社(以下「訴外会社」という。)間の紛争は、同社の設置した送電用鉄塔二基の存在の外、同社が前記鉱区の中を流れる川の下流にダムを築造したことによる水位の上昇の両者によつてマンガンの採掘不能をきたしたことに基づくものであるにもかかわらず、被控訴人は独自の解釈により、右第三鉱床についてはダムは関係なく、且つ鉄塔二基の設置も控訴人方の採掘不能とは因果の関係にたたないとして、故意にこれを鑑定対象から外している。)、又鑑定を行つた第二鉱床についても、鉱床の範囲を実際より小さく認定しているうえ、前記指定と異なる極めてずさんな主観的方法によりこれを鑑定している。

以上の通り本件鑑定は、鑑定事項等を全く無視したばかりでなく、著しく適正を欠くものであつて、明らかに、鑑定申請人たる控訴人に対する不法行為等を構成するものである。

二  新たな証拠〈省略〉

理由

一当裁判所も控訴人の債務不履行に基づく損害賠償請求は失当と認めるものであつて、その理由は、原判決理由説示第一の一に記載の通りであるから、これを引用する。

二不法行為に基づく損害賠償請求について

〈証拠〉によれば、本件調停事件(京都簡易裁判所昭和四九年(ノ)第一〇号)において同裁判所調停主任裁判官は、昭和五〇年五月一六日被控訴人に対し本件鉱区内の埋蔵マンガンに関する鑑定を求めるについて、当事者双方の鑑定申請事項をそのまま援用する形で鑑定を命じたこと、これによれば訴外会社の申請にかかる鑑定事項は別紙鑑定事項の通りであり、又控訴人申請にかかる鑑定事項は原判決添付鑑定事項の通りであつて、訴外会社が鑑定の範囲を本件鉱区の内自己の施設の設置に伴う区域に限定しているのに対し、控訴人のそれは範囲を限定していない点に大きな相違が存すること、被控訴人は本件現場には計一一回出かけたが、その内双方当事者が同行したのが二回、控訴人代表者と共に出かけたのが三回であつたが、被控訴人の調査によれば、本件マンガン鉱床は控訴人の主張とは異なり、由良川(なお、原判決添付鉱床配置図には「和知川」とあるが、本件鑑定書の表示に従い「由良川」と表示する。)右岸に一床と同川左岸に三床あり、右鉱床配置図第一、第四鉱床は存在しなかつたこと、被控訴人は鑑定書を作成するに際して前記両鑑定申請事項の相違に気付き結局、右調停事件の争いの中心が訴外会社の鉄塔等施設の設置による控訴人らマンガン鉱採掘権者の損害賠償請求権発生の有無にあることに注目して、右各鉱区内における前記施設の設置に伴つて採掘不能ないしは採掘制限を受けるマンガン鉱(本件鑑定によれば左岸第一鉱床)の評価にしぼつて鑑定をしたことの各事実が認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

以上の事実関係によると、本件鑑定命令は、当事者の申請にかかる複数の鑑定事項を十分整理しないままこれを援用した形で行われたものであるところ、かかる状況の下において争いが訴外会社の鉄塔、送電線等の設置に伴う損害であることを前提にして、損害の生ずるのは由良川左岸第一鉱床に限られるとの考えの下に、右鉱床の範囲を認定したうえ、その埋蔵マンガンの評価のみを行つた被控訴人の鑑定は不相当とはいえず、本件鉱区内の四つのマンガン鉱床の場所を確定したうえ、これと前記施設との位置関係を検討したうえで右鑑定の結果を導いた経過に故意過失は認められない。

控訴人は、由良川下流ダムの築造による水位の上昇による採掘不能に関する鑑定の脱漏を云々するけれども、この点は控訴人申請の前記鑑定事項の中から読み取ること自体必ずしも容易なことではないうえ、控訴人代表者は三回も被控訴人に同行して現地に赴いているにも拘らず、由良川が深く水没した下にマンガン鉱が埋蔵されている旨の指摘をした形跡も証拠上認められないから、この点の脱漏をもつてする控訴人の主張は採用することができず、又被控訴人の調査方法が主観的であるとの控訴人の主張も、前掲甲第五号証(本件鑑定書)の記載内容及び被控訴本人の原審供述に照らし採用することができない。

以上の通りであつて、被控訴人は故意過失によつて違法に本件鑑定をしたとは認められず、よつて爾余の点の判断をするまでもなく、不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

三予備的請求について

当裁判所も控訴人の予備的請求はいずれも理由がないと認めるものであつて、その理由は原判決理由説示第二に説示の通りであるからこれを引用する。

四結び

以上の通りであるから控訴人の本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官小谷卓男 裁判官海老澤美廣 裁判官笹本淳子)

鑑定事項

(関西電力申請分)

鉱区所在地 京都府北桑田郡美山町・船井郡和知町地内

面積 二三七〇アール

但し原判決添付鉱床配置図記載の第一ないし第四鉱床

右鉱床について鉄塔・送電線等訴外会社の施設によつて採掘不能となる区域内もしくは採掘が制限される区域内の

(1) マンガン鉱埋蔵量

(2) マンガン鉱可採粗鉱量

(3) 上記鉱石の品位

(4) 採掘不能及び採掘制限による損害があればその損失評価額

《参考:原審判決・理由》

第一

一 債務不履行に基づく損害賠償請求について

1 当事者間に争いのない事実並びに原告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、請求原因1の事実(調停事件の係属)を認めることができ、同2の事実(被告の鑑定行為)は当事者間に争いがない。

2 原告は右事実をとらえ、被告は原告に対し原告申請の別紙鑑定事項につき誠実に鑑定をなすべき債務を負つたとして、その債務不履行責任を主張する。

しかしながら、被告は本件調停事件の主任裁判官より証拠調の方法として鑑定を命じられたものであるから、被告に対し私法上の債務を負う余地はなく、この点は本件鑑定が原告の申請に基づきなされたとしても結論に変りがない。

よつて、原告の本主張はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

二 不法行為に基づく損害賠償請求について

原告は前認定の被告が鑑定人としてなした本件鑑定の結果が不当であり、その結果原告主張のような多額の損害をこうむつたとして、被告の不法行為責任を主張する。

しかしながら、被告は前記のように本件調停手続における鑑定人として本件鑑定をなしたものであるから、これが調停当事者である原告に対し不法行為となるためには、被告において故意又は重大な過失により鑑定事項に従つた鑑定をなさず、ために調停手続が不当に遅延し、又は対象事実をまげ明らかに経験則に反する等重大な過誤を犯して全体として鑑定に値しない行為をし、かつその結果の援用により原告に不利な調停結果を生じさせた等特別の事情を要するものと解されるところ、本件全証拠によつても右事情を認めることはできない。

よつて原告の本主張もその余の点を判断するまでもなく理由がない。

第二 予備的請求について

1 不当利得の返還請求について

予備的請求原因1・2の各事実の認定については前記請求原因1・2に対する判断記載のとおりであるところ、当事者間に争いのない事実並びに〈証拠〉によれば、被告は昭和五〇年一二月二二日までに京都簡易裁判所より本件鑑定料として金八〇万円の支払を受けた事実が認められる。

しかし、〈証拠〉を総合すれば、被告は本件調停主任裁判官に命じられた原告及び関西電力各申請に基づく各鑑定事項に対し全体としてみればこれに対応する鑑定をなして鑑定書を提出し、本件調停主任裁判官がこれを受理して被告に対して鑑定料の支払を命じ、被告は京都簡易裁判所よりこれを受領した事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はなく、以上によれば被告は本件鑑定料を法律上正当に取得したものに外ならない。

よつて本予備的主張はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

2 債権者代位権に基づく請求について

原告は、被告は本件鑑定料の支払を受けたが、鑑定事項につき何ら鑑定をしなかつたと主張する。

しかし、被告が本件鑑定の支払を受けたこと前認定のとおりであるが、被告において本件鑑定をなしたことも前認定のとおりである。

よつて本予備的主張も、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

第三 よつて、原告の被告に対する各請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官浅野達男)

鑑定事項

鉱区所在地 京都府北桑田郡美山町・船井郡和知町地内

面積 二三七〇アール

ただし別紙鉱床配置図記載の第一ないし第四鉱床

(イ) 右記第一ないし、第四鉱床におけるマンガンの推定埋蔵量。

(ロ) 右記埋蔵マンガンの鑑定時における時価。

(ハ) 右記埋蔵マンガンの採掘・販売に要する諸経費。

(ニ) 従つて右記(ロ)と(ハ)の差額。

(ホ) 現状(つまり、ダムあり鉄塔あり道路あり、水没している状況)でマンガン掘採が法律上、あるいは事実上可能なりや否や。

※ 鑑定の方法等についてのお願い

(イ) 現場見分のときは、必ず両当事者を立合わせること。

(ロ) ボーリング等の出来ない場所については、

上治寅次郎工学博士の昭和二九年一一月三日調査の中野鉱山調査報告書倉内吟二郎元京大教授の、昭和四七年一〇月二三日付の調査報告書に依拠されたい。

鉱床配置図〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例